Philosophy

五分の考え

1.青森県五戸町から伝えていく

「戸(のへ)」という地名が連なる「南部地方」は、青森県南から岩手県北にかけて平野が広がるエリアです。かつて十和田火山が噴火し、火山灰が降り積もったことで平野になったとされ、馬の育成に向く土地として知られてきました。それぞれの「戸」は牧場の区分けだったとも言われ、その真ん中あたりにある町が「五戸(ごのへ)」です。今でも馬の牧場や、乗馬が盛んな五戸町から、人と自然と物をつなぐブランドを立ち上げ発信していきます。

2.わかちあうことを大切にする

馬は人のパートナーとして、3000年前の中国から大事にされてきたと言われています。馬が日本に渡ってきたのは700年代(平安時代)とされ、1960年代までは、五戸町内の民家でも馬と人がともに暮らしていました。飼い馬が亡くなるとお悔やみが町内に知らされたり、馬の霊をまつる神社や踊りが風習として残っています。人と馬とが「五分五分=お互い様」の関係で生きてきた文化をリスペクトし、未来に五分の精神を残す方法を模索していきます。

3.人にわたって十分になる

革は使いこむほどに人に馴染んでいきます。使う人の手に渡り、長い時間をともにして「十分」な質感になると言えるでしょう。時代の変化により人が馬に日常的に乗らなくなってから、馬は寿命まで生きられずに食肉用として屠殺されるようになりました。それはあらがいようのないことかも知れませんが、せめて革として再生して、人の手でもう一度「育って」ほしい。そんな願いから、永く使えるプロダクトを手がけていきます。

4.手から仕事をつくる

山間部がほとんどを占める五戸町では、暮らしに使う道具を自分たちの手でつくってきました。布一枚でさえ大切にし、ボロボロになるまで使い続けるために、刺し子や裂き織りをして直したそうです。そうした文化は「BORO」として世界から評価されたり、黒澤明監督が映画衣装を農民に依頼するほどのものでしたが、今では担い手が減っています。五戸町でものづくりをすることに誇りをもち、手から仕事をつくっていきます。

5.小さなものに目を向ける

「一寸の虫にも五分の魂」ということわざがあるように、五分には「とても小さなもの」という意味もあります。五戸町に自然や命を大切にする価値観があったこと。神社や石碑が残っていること。手仕事が得意な人が多いこと。そして、馬皮が使われずにいたこと。目を向けて見ようとしなければ、見落としてしまうくらいの小さな文化を土壌とし、耕しながら再構築していくことが「五分」の活動です。